育てたいのは、英語で人とつながる力

生徒・保護者の声

卒業生の活躍/近藤えりかさん

特許に関わる専門家として、アメリカで活躍中!

大阪府 卒業生 近藤えりかさん/YES Press No.34掲載 [2012年12月発行]

近藤えりかさん

ヤンキー・スタジアムにて友人たちと。

私はアメリカのペンシルベニア州立大学で法律学を専攻し、卒業後はニューヨークの法律事務所に、そしていまはニュージャージー州にある特許・商標年金管理会社で働いています。主な仕事内容は、特許維持のための特許年金の支払いを世界各国で行うこと。メールや電話で、クライアントや特許庁、現地代理人とやりとりをします。また、各国の特許庁の法律改正など、日々のリサーチも欠かせません。子どものころから海外で就職し、永住したいと思っていたので、今の仕事は描いていた夢に近いと思います。

もともと私は、3歳から近くのヤマハ音楽教室へ通っていました。その後、新しく英語教室もスタートし、両親はすぐに私を習いに行かせることに決めたそうです。4、5歳から数年間レッスンを受けたように記憶しています。当時の私にとって英語レッスンは、お友だちと英語の歌を歌うなど、非常に楽しかった覚えがあります。

中学生のとき、両親が近隣の外国語大学の留学生のホストファミリーを始めたころから、英語に本格的に興味を持つようになりました。さらに興味がわいたのは、中学生のときにオーストラリアに短期留学してからです。英語を流ちょうに話せたら、英語圏に住んでいる人たちだけでなく、世界中の人たちとコミュニケーションがとれると気づいたのです。

言語はやはり若いときに学ぶほうが吸収が早いので、私は子どものときに英語を学ぶことができて良かったと思います。留学生を受け入れ、また、高校時代にはカナダに1年間留学させてくれるなど、常に英語をしゃべらざるを得ない環境を作ってくれた両親には、本当に感謝しています。

お父さまからのメッセージ

娘が小さいころ、近くにヤマハ音楽教室があり、幼児期には社会性を身につける意味でもグループレッスンが良いと妻も考えていたため、それが初めての習い事となりました。先生や受付の皆さんの対応が子どもにとって居心地が良かったようで「終わったらあかん」と、毎回レッスンの終わりに泣きだして皆さんを困らせていたことを思い出します。

近藤えりかさん

ペンシルベニア州立大学の卒業式にて。犯罪・法律学部で4年間学びました。

そのヤマハで英語教室もスタートすることになり、これからはやはり英語教育も重要と考え、私も妻も英語が話せないので習わせ始めました。子どもにはできるだけいろいろな経験の機会を与えてやろうと、家庭の方針を決めていたのです。日本人の先生(バイリンガル)は、親として気軽に子どもの状況についても相談できる安心感があり、日本語を母国語としておられるため、英語を勉強するさいの難しいポイントも経験しておられる訳で、幼児期の英語教育のプログラムとしては最適だと、後々さらに確信しました。英語の勉強だけでなく、英語を好きにさせ、好奇心を育んでいただいたと思います。

娘が中学生のとき、オーストラリアのローガン市との短期交換留学に選抜され、現地学生と交友を深めたことで、英語を話せることが目標ではなく、「それを使って何をするか」を考え始めたと思います。

子どもの将来の姿は誰にもわからないし、誰にもそれを決めることはできません。子どもの可能性は無限です。だからこそ、できる限り、親はその可能性を引き出してあげるべきだと思います。

娘には、健康に注意して、これからも夢に向かっていってほしいと願っています。また、日本人としての自覚を持って、勤勉で規律を重んじる謙虚な国民のひとりであり続けてほしいとも思います。出会いと環境を与えていただいた、娘いわく「ていねいな大阪弁と英語で仕事してはる」という、当時のヤマハ英語教室の担当の先生、スタッフの皆さまに、心から感謝します。

Message for YES Friends

夢は大きく持って、失敗を怖がらずいろいろなことにチャレンジしてみてください。チャレンジしなかった後悔のほうが、チャレンジして失敗する後悔よりも大きいですよ。

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